タイヤの交換時期(買い物用自転車編)

タイヤは自転車が走るうえでなくてならいないパーツですが、傷んでいても泥除け等のせいで見えなかったりして気付かない事があります。
悪くなっているタイヤのままでは、いくらパンク修理やチューブ交換をしてもすぐにパンクしてしまいますので、悪くなったタイヤはきちんと交換した方がその場での費用はかかりますが、結局経済的かと思われます。
では、いつ交換すればいいのか…使い方、使用頻度、保管状況によってタイヤの痛み方は変わりますので、期間や距離では一概には言えません。そこで、いくつかの参考画像を用意いたしましたので参考にしていただければと思います。

①タイヤのパターンはすり減っていますがぎりぎり使えます。

②使えない事はないですが、あと2回ぐらいパンクをしたら交換しましょう。

③このようにタイヤのサイドが割れたり、タイヤが「ひび」だらけになっていてもパンクし易くなりますので、こちらもあと2回くらいパンクした際は交換したほうがいいかも知れません。

④タイヤの下地がかすかに見えます。できれば交換してください。

⑤上記の④がひどくなるとこうなります。こうなってしまったら要交換です。

⑥要交換です!おそらく、空気をいれると穴からチューブが飛び出てきてバーストします。










イタリアからの電話


昨晩、イタリアにいるW氏からトラブルが起きたのでいくつかの品を明後日、イタリアでW氏と合流するNさんに渡してほしいとの依頼があり、急遽、神田へ買い物に…
OPEN前にも関わらずお店の人に無理を言い、どうにか依頼の品々を買い終わるとすでに時間は10:20!?急いでお店へと帰りました。

御茶ノ水にある「東京復活大聖堂(ニコライ堂)」

聖橋からの風景

なぜ河童…


以前から気になっていたのですが、田端駅北口からお店に向かう道でもある「田端駅前通り商店街」のマスコットが何故、河童なのか…?
結論から言えば「芥川龍之介」の代表作である「河童」からきています。
では、なぜ、「芥川龍之介」なのか…
調べてみると、田端は明治22年上野に東京美術学校(現東京芸大)が開校されたことをきっかけに多くの芸術家が住み始め<芸術村>と呼べるくらい有名な芸術家が多く住んでいたのですが、大正3年に「芥川龍之介」が鎌倉から田端に転居をしてきた事をきっかけに文士たちも多く住むようになり、その事から大正末から昭和初期にかけて、田端は<文士村>と呼ばれるようになったそうです。(駅前にその名も田端文士村記念館と言う記念館があります)そして、その中でも特に有名な「芥川龍之介」の代表作である「河童」からこのマスコットの「りゅうのすけくん」は作成されたようです。
ちなみに「りゅうのすけくん」には双子の姉「リッパーちゃん」と双子の妹の「クッパーちゃん」がいるそうです。
以上が田端駅前通り商店街のマスコットが河童である理由です。OPENする前から数えて3ヶ月間ぐらいの謎がひとつ解けました!

飛行機輪行④


イタリアでW氏と合流するべく、28日に日本を発つ宴会部長N氏の自転車を梱包。今回は段ボールではなく厚めのウレタンで作られている輪行袋に収納しました。

今回は特にダンボールでの梱包ではないので、念のため「リアディレーラー」を外し、タオルなどで包んでフレームに括り付けておきます。フレームを覆っているものは自転車が納車される際についてくる梱包材です。

前後輪をはずすため、エンド金具(写真のように後輪を外したフレームに挟み込み変速機やフレームを保護する用品)も使用。あとはさらに全体をプチプチや段ボールを使って自転車を保護し、ホイールは輪行袋内側に専用の収納ポケットに入れます。
今回の輪行袋はフレームをひっくり返して収納するタイプで、袋の横幅がかなりあり使い勝手が良さそうでした。
W氏よりオーダーされた補充パーツもN氏に渡して準備完了!あとは出発するだけです。
今回使用した輪行袋
SCOTT Transport Classic ¥21000(税込)

こんなものを食べてます

今日は、29日に合流予定の自転車仲間、Nさんとの連絡や、日程の調整のため、走らずに同じホテルにもう一泊。
日本にいるNさんと無事に打ち合わせも終わり、食事です。
町のスーパーで買ってきたラザーニェと鳥のローストです。
ジロの中継を見ながら食べられるのがうれしいです。

四国旅行記⑤

ウィリーの原因が解りました。先程、電話で四国を旅行している友人と話をしたところ、荷物のほとんどを後ろの荷台に積んでいるせいで自転車の荷重のバランスが悪くなり、下り坂でスピードが出れば出るほど、まるでコインを差し込んだチョロQのようにウィリーしていくそうです。
旅行も徳島が終わり、次からは高知に突入との事です。

徳島最後の寺、薬王寺到着!

その寺からの景色